目次
1 民法上の損害賠償請求
被災労働者又はその遺族は、労働災害で被った損害について、使用者に対し、安全配慮 義務違反を理由とする債務不履行責任(民法415条)、ないし不法行為(民法709条、715 条等)に基づく民法上の損害賠償を請求できる場合があります。
2 労基法・労災保険法と民法
使用者は、労基法上の労災補償をした場合、同一事由について、補償した価額の限度で民法上の損害賠償の責任を免れます(労基法84条2項)。
また、労災保険法に基づく労災保険給付がなされるべき場合、労基法上の補償の責を免れるので(労基法84条1項)、被災労働者またはその遺族に労災保険給付が行われた場合にも、支払われた価額の限度で、民法上の損害賠償の責任を免れると解されています。
このことは、労災補償や労災保険給付の価額の限度を超える損害については、使用者は民法上の損害賠償責任を免れないということを意味しています。
例えば、精神的苦痛に対する慰謝料などは、労災補償や労災保険給付によってカバーされていませんので、使用者に対する損害賠償請求の対象となり得ます。
また、休業補償における平均賃金の80%を超える得べかりし賃金なども、労災保険給付によってはカバーされていません。
さらに、労災補償においては、個別事情を考慮した補償はされていませんので、補償額が現実の損害に適応しないこともあり得ます。
このような場合には、民法上の損害賠償請求が可能です。
3 債務不履行構成と不法行為構成の異同
債務不履行構成の場合、請求権者たる労働者が、使用者の安全配慮義務の具体的な違反を主張立証しなければなりません。
これに対して、不法行為構成においても、請求権者たる労働者において、不法行為法上の注意義務の内容として、予見可能性を前提とした予見義務違反、結果回避可能性を前提とした結果回避義務違反を主張立証しなければなりません。
したがって、実体法上の使用者の義務の内容・程度という点において、両構成の違いは微少なものにすぎません。
また、民法改正により、人の生命・身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、損害および加害者を知ったときから5年間とされるため(民法724条の2)、債権の消滅時効(民法166条1項)と差異はなくなっています。
しかし、以下のような違いがあります。
①遺族固有の慰謝料について
債務不履行構成では認められない
不法行為構成では認められうる
②遅延損害金の起算日について
債務不履行構成では請求日の翌日
不法行為構成では事故の日
3 安全配慮義務
(1)定義
労働契約法は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確 保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定して、使用 者の労働契約上の安全配慮義務を明示しています(労働契約法5条)。
また裁判例においても、雇用契約上の安全配慮義務について「労働者が労務提供のた めに設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供 する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」 と定義しています。
(2)具体的内容
最高裁判所は、安全配慮義務を、使用者が事業遂行に用いる物的施設(設備)および 人的組織の管理を十全に行う義務と把握していると解されます。
以下では、いくつかの具体例を紹介します。
①ヘリコプターの運行中回転翼の1枚が飛散し墜落した事故
「ヘリコプターに搭乗して人員及び物資輸送の任務に従事する自衛隊員に対してヘ リコプターの飛行の安全を保持し危険を防止するためにとるべき措置として、ヘリコ プターの各部部品の性能を保持し機体の整備を完全にする義務」があるとしています (最高裁判所第二小法廷昭和56年2月16日判決)。
②車両の運転上の過失による同乗者の死亡事故
「国は、自衛隊員を自衛隊車両に公務の遂行として乗車させる場合には、右自衛隊 員に対する安全配慮義務として、車両の整備を十全ならしめて車両自体から生ずべき 危険を防止し、車両の運転者としてその任に適する技能を有する者を選任し、かつ、 当該車両を運転する上で特に必要な安全上の注意を与えて車両の運行から生ずる危険 を防止すべき義務を負う」としています(最高裁判所第二小法廷昭和58年5月27日判 決)。
③宿直中の労働者が盗賊に刺殺された事故
「使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供 場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであるこ とはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、上告会社は、A一人に対 し昭和五三年八月一三日午前九時から二四時間の宿直勤務を命じ、宿直勤務の場所を 本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示したのであるから、宿直勤務の 場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような物的設備 を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れない危害を免 れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等を十分に整備 することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分 に行うなどし、もって右物的施設等と相まつて労働者たるAの生命、身体等に危険が 及ばないように配慮する義務があつたものと解すべきである」としています(最高裁 判所第三小法廷昭和59年4月10日判決)。
④動哨勤務中の自衛隊員が隊員を装って駐屯地に侵入した過激派活動家に刺殺された 事故
「国は、自衛隊員を駐とん地内の動哨勤務に就かせる場合であっても、公務の遂行 に当たる当該具体的状況のもとにおいて、制服等の着用により幹部自衛官を装った部 外者が営門から不法侵入し、かつ、動哨勤務者の生命、身体に危害を及ぼす可能性を 客観的に予測しうるときは、営門出入の管理を十全にしてその侵入を防止し、もっ て、同人にかかる危険が及ぶことのないよう配慮すべき義務を負うものと解するのが 相当である。けだし、およそ駐とん地内で動哨として勤務する自衛隊員は、規律維持 等のほか、外部からの不法侵入に備えるべき職責を負い、その職責には生命、身体に 対する危険が多かれ少なかれ不可避的に内在していることを否定することはできない が、外部から区画された施設内での警衛を分担する複数の公務遂行者の一員であるこ とに鑑みると、前述のような手段、方法による営門からの不法侵入者により惹起され るべき動哨勤務者の生命、身体に対する危害の可能性は、その職責に不可避的に内在 している危険の限界を超えるものというべく、国は、公務の遂行を管理する者とし て、かかる危害の可能性をあらかじめ客観的に予測しうる限り、これを排除するに足 りる諸条件を整えるべき義務を免れないからである」としています(最高裁判所第三 小法廷昭和61年12月19日)。
⑤チェーンソー等の導入・使用による林野労働者の振動障害事故
「昭和四〇年までは、振動工具の継続使用による振動障害に関する医学的知見は、 空気振動工具と電気振動工具のうちの打撃振動工具と回転振動工具、特にさく岩機、 鋲打機等に関するものがほとんであって、エンジン振動工具のうちの回転振動工具に 属するチエンソー等に関するものは僅少であったが、これらの知見と前記各種の調査 の結果の積重ねを総合すれば、同年に至ってはじめて、チエンソー等の使用による振 動障害を予見し得るに至ったというべきである。」としつつ、「林野庁の行った一連 の施策等を通じてみれば(同四〇年前の施策等も同年以降の施策等の基礎になってい るものとして考慮し得る。)、同四〇年前のものからはもとより同年以降における医 学的知見及び各種の調査研究の結果からも、必ずしも振動障害発症の回避のための的 確な実施可能の具体的施策を策定し得る状況にあったとはいえない時期においては、 林野庁としては振動障害発症の結果を回避するための相当な措置を講じてきたものと いうことができ、これ以上の措置をとることを求めることは難きを強いるものという べきであるから、振動障害発症の結果回避義務の点において被上告人に安全配慮義務 違反があるとはいえない」としています。(最高裁判所第二小法廷平成2年4月20日 判決)。
⑥長時間労働に従事する労働者がうつ病に罹患して自殺した事故
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際 し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損 なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって 労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容 に従って、その権限を行使すべきである」としたうえで、「原審は、右経過に加え て、うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し、Bの業務の遂行とそのうつ病り患 による自殺との間には相当因果関係があるとした上、Bの上司であるD及びEには、 Bが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化 していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったこと につき過失があるとして、一審被告の民法七一五条に基づく損害賠償責任を肯定した ものであって、その判断は正当として是認することができる」と判断しています。
なお、被害者の性格を理由とする素因減額の可否についても、「企業等に雇用され る労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事す る特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定 される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が 業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとして も、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使 用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその 従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を 定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。し たがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務 の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を 決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因とし てしんしゃくすることはできないというべきである」として素因減額を否定していま す(以上、最高裁判所第二小法廷平成12年3月24日判決)。
⑦うつ病と労働環境整備
「上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘル ス)に関する情報は、神経科の医院への通院、その診断に係る病名、神経症に適応の ある薬剤の処方等を内容とするもので、労働者にとって、自己のプライバシーに属す る情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られること なく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者 は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注 意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、上記のように労働者にとって過重な 業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については 労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてそ の業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべ きである」としています(最高裁判所第二小法廷平成26年3月24日判決)。
4 不法行為責任の種類
(1)一般不法行為責任(民法709条)
この方法での責任追及は、以下イの使用者責任が成立する前提として、直接加害当事 者への責任追及を行う際によくみられます。
要件は以下のとおりでう
①故意または過失
②権利利益の侵害行為
③損害
④侵害行為と損害との因果関係
(2)使用者責任(民法715条1項)
直接の加害当事者ではなく、その直接の加害当事者を雇用している使用者に対して損 害賠償責任を追及する際に用います。
要件は以下のとおりです
①加害当事者に不法行為(民法709条)成立
②使用関係があること
③事業執行性
(3)土地工作物責任(民法717条)
土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、 その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負います。
占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠 償する責任を負います。
要件は以下のとおりです。
ア 占有者に対する請求
①設置または保存の瑕疵
②権利利益の侵害
③損害
④土地工作物を占有していること
イ 所有者に対する請求
①設置または保存の瑕疵
②権利利益の侵害
③損害
④土地工作物を所有していること
(4)注文者の責任(民法716条但書)
請負契約の注文者が工事の過程に介入し不適切なアドバイスをするなどして事故の発 生に関与した場合、注文者にも責任が生じることがあります。
要件は以下のとおりです。
①注文又は指図についてその注文者に過失があったとき
(5)運行供用者責任(自賠法3条)
自動車を運転する者が自動車による人身事故により損害を生じさせた場合には、原則 として損害賠償責任を負います。
ただし、以下の全てを加害者が立証した時には損害賠償責任を負いません。
なお、自動車事故と労災事故とのつながりはイメージしづらいかもしれませんが、自 賠法にいう自動車には、クレーン車やフォークリフトといった建設作業用機械や運搬用 機械を含みますので、建設現場での事故では、相当程度、自賠法3条に基づく責任追及 の場面があるものと言えます。
①自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと
②被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと
③自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったこと
5 第三者に対する損害賠償請求
労働災害が、労働契約上の使用者以外の第三者の故意・過失(または、第三者の所有ま たは占有する土地工作物の瑕疵)によって生じた場合、被災労働者、またはその遺族は当 該第三者に対し不法行為責任(民法709条)ないし工作物責任(民法717条)を追求でき ます。
よく問題となるのは、末端下請労働者の労災時における元請企業や中間請負企業の責任 追求の場面や、社外労働者の労災における受注企業の責任追及の場面です。
近年の裁判例は、下請労働者または社外労働者が元請企業ないし受注企業から作業場 所、設備、器具類の提供を受け、その指揮監督下に作業を行っている場合には、それらの 企業も下請労働者ないし社外労働者に対して労働契約上の安全配慮義務と同様の義務を負 うして、この義務違反を理由に損害賠償責任を根拠付けるようになってきています。
また、労安衛法上、元請業者には下請労働者の安全を確保するための種々の義務が課さ れています。
したがって、事故が、これら法定された義務違反を原因とする場合には、この義務違反 を不法行為法上の過失として主張することも考えられます。
6 労災保険給付と損害賠償との調整
(1)既支給の労災補償・労災保険と損害賠償との調整
すでに支給された労災補償または労災保険の給付額は、使用者または第三者が被災労 働者またはその遺族に対して行うべき損害賠償から控除されます。
労災補償と使用者の損害賠償責任との関係については、労基法84条2項に明記されて います。
また、労災保険は、労災補償責任を補填する制度ですので、労基法84条2項は、労災 保険と使用者との損害賠償責任との関係においても類推適用されます。
ただし、労災補償または労災給付については、労働者の被った一定の財産的損害の補 填のみを行うものなので、精神的損害や、入院雑費等の積極的損害の補填には影響しま せん。
労災補償と第三者の損害賠償責任との関係についても、弁済者の法定代位(民法500 条)の類推適用により、使用者は労災補償をした限度で、被災者の第三者に対する損害 賠償請求権を代位取得します。
労災保険と第三者の損害賠償責任との関係については、労災保険法12条の4より、保 険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して 有する損害賠償の請求権を取得するとし(労災保険法12条の4第1項)、第三者からの 損害賠償が、保険給付より先になされた場合は、政府は、その価額の限度で保険給付を しないことができるとされています(労災保険法12条の4第2項)。
(2)将来の労災保険年金額と損害賠償との調整
労働災害の被災者は、毎年一定額の年金を受け取れるため、将来の年金給付を損害賠 償訴訟においていかに取り扱うべきかが問題となります。
この点、使用者行為災害の場合の保険給付と損害賠償の調整規定が設けられています (労災保険法64条)。
これに対し、第三者行為災害の場合、格別の立法はなされていませんので、各種法規 定、法原則に則り、災害発生後、3年以内に支給すべき年金についてのみ、支払のつど 第三者に求償を行い、また、第三者からの賠償がなされた場合は、被災発生後7年以内 に支給すべき年金についてのみ支給を停止する、という措置がとられます。
7 具体的流れ
会社に対して損害賠償請求は、示談交渉、民事調停ないしは民事裁判という形で行うこ とになっていきます。
この際、都道府県労働局に対し、都道府県労働局、労働基準監督署及び公共職業安定所 (ハローワーク)が保有している個人情報の開示請求を検討していくことになります。
(1)保有個人情報開示請求制度
労働基準監督署長が労災給付の決定を行う際に、業務上か否かの調査を実施した場合 は、労働基準監督署内で「調査復命書」という書類が作成されます。
また、労働者の休業が4日以上となる労働災害については、労働者の勤務先等の会社 に、労働基準監督署への「労働者死傷病報告」という報告書の提出義務があります(労 働者が被災した事故現場が建設現場等で、会社の事務所がある地域と異なる場合は、当 該事故現場のある地域を管轄する労働基準監督署に提出することとされていることに注 意しましょう)。
さらに、自身が負傷した労働災害について、労働基準監督署が災害の状況や原因の調 査を行い、「災害調査復命書」や「(災害時)監督復命書」、「安全衛生指導復命書」 が作成されている場合もあります。
これら、災害状況に関する勤務先の会社の報告内容や、労働基準監督署の決定に至る 経緯の確認は、その後の交渉ないし訴訟において、非常に有益な情報となります。
(2)開示・不開示決定
開示・不開示の決定は、原則として30日以内(補正に要した日を除く。)に行い、 書面で通知されます。
ただし、開示請求に係る保有個人情報の量が多く、開示・不開示の審査、調査に相当 な期間を要する場合など、30日以内に開示・不開示の決定を行うことが困難な場合 は、決定の期限が延長されることがあります。
その場合は、その旨の通知が30日以内に書面で行われます。
なお、不開示決定、部分開示の決定等に不服がある場合は、決定があったことを知っ た日の翌日から起算して3か月以内に、厚生労働大臣に対して審査請求をすることがで きます。
(3)損害額の計算・請求
これら収集した資料をもとに、損害額を計算し、勤務先会社に損害賠償を請求してい くことになります。
8 まとめ
以上のように、会社に対する損害賠償請求は、法的な構成の差異による長短の判断や、 安全配慮義務ないし過失を立証する際に必要となる個別事情の判断という、非常に専門的 な判断が求められます。
また、どこに、どのような証拠があるのかなど、証拠収集という点において、専門的な 知識を必要とします。
これらの資料収集や会社への損害賠償請求について、ご自身で行うことに不安がある方 はお気軽に、労災問題に精通した弁護士にご相談ください。